教育とは未来をみて、楽しみながら成長すること
これまでの私自身の全ての経験を通して思うのは、「教育とは、未来への希望を持って、楽しみながら成長することである。」ということである。学生はもちろんのこと、教員や職員にも当てはまります。
このように言うと、きれいごとであるという声も上がってくると思いますが、そのきれいごとを目的・目標として、きれいごとでは済まない環境の中で、きれいごとを実現するために、人間力・目的意識・社会実践力・学ぶ力・専門知識・新規に物事を立て上げる力などを総合的に養成することである。ある特定の領域を突き詰めて考える能力も必要であるが、それを社会の中で発揮して、物事を実現させていくには、総合力が必要になってきます。
これだけのことを、小学校・中学校・高校・大学の各フェーズの中で閉じた教育環境の中で身に付けるのは、なかなか難しいです。教育の全体を設計し直して、一連の流れの中で長期的に育成することができる環境を作る必要があると思います。
日本の変化の流れの中で実現するチャンスもある
高市内閣が出来て、今後、長期政権となっていくことが出来れば、失われた30年を一気に取り返す形で日本が急激に変わっていく可能性があります。その流れの中で、当然、教育を変えて行く必要があるので、国策が動き、変化させるチャンスが出てくると思います。
どのような教育がよいのか、個人的にビジョンを描けてきているのですが、それを実現するチャンスは、これまでの所はありませんでした。個人レベルでやれることは既にやっているので、次のステップとしては、教育機関を丸ごと変えるか、新しく設立させるということになります。
このあたりの話になると、個人レベルの話ではなくなります。だからと言って、既存の教育機関を、一定の期間をかけて変えて行くというのは、相当な無理があり、結局の所、小さな修正を繰り返すだけに終わると思います。民間企業の場合は、企業の存続が危うくなれば変わる場合も多々ありますが、大学の場合は、構成員の思想や基本的な考え方などの点から、難しいです。人の考え方を変えるのは容易なことではないからです。
その為、ある一定のリスクを負ってでも、そのチャンスを掴む必要があると思っています。リスクを極力減らす形で進めることは当然のことでありますが、そればかりに気を取られていると、チャンスを掴めずに終わる可能性もあるので、どこかで線を引く覚悟は持っておき、思い切って踏み出す準備はしておきたいです。